発掘速報
京都大学北部構内 北白川追分町遺跡(2025年度)
2025年11月14日(金) 近世~近代遺構面の全景撮影をしました
近世~近代とみられる遺物包含層の掘り下げと遺構検出を終えて全域の清掃をすすめ(写真1)、本日はベルトコンベアーや周囲の片付けをして、全景撮影しました(写真2)。
これまでもお伝えしてきたように、確認された掘り込みの多くは植栽痕跡や大学時期の廃棄物遺棄の撹乱となりますが、調査区の南端には、北へと下る急な段差があり(写真2手前側および写真3)、表土直下から中世末期頃かとみられる遺物の包含層があらわれ、下部にも複数層の堆積が確認されました。
写真3では右側となる調査地の南側は、現在も東西方向にはしる尾根状の微高地となっていますが、そうした旧地形の北縁が及んでいるものと思われます。
この微高地の一帯が、これまで濱田耕作先生が縄文時代遺物を採集したり、のちに住居跡が検出されているエリアということになります。
調査地については、本来はもう少しゆるやかに北へと下る地形であったところを、近世以降に直線的にオープンカットして段差を造り出しているとみられ、さらにそこを現代の大規模撹乱が侵蝕破壊している状態が、写真3にはあらわれているものといえます。
このように、地形の変換点にあるとともに後世の地形改変や撹拌も著しいことから、時代を遡って遺跡の状態を解きほぐしていくことの難しい状態ではありますが、今後は中世以前の調査へと進んでいきます。