発掘速報
京都大学北部構内 北白川追分町遺跡(2025年度)
2025年11月21日(金) 鋤溝の確認と掘り下げ
調査区の北側より中世の遺構検出と掘り下げを進めています。
北辺の一帯には根株の撹乱などが少なく平面的に調査可能な範囲があり、古代以前の遺物包含層と考えている黒褐色土の上面からは、幅20㎝程度で南北や東西にはしる溝が複数見つかってきています(写真1)。
掘りあげていくと、ほとんどが深さ10㎝前後の浅いものであり、鋤による耕起の痕跡とみなして、わたしたちが一般に鋤溝(すきみぞ)と呼んでいる遺構となります(写真2)。
中世から近世にかけて調査地一帯が農耕地であったことを示す遺構であるとともに、時代や地域によって異なるかつての方位と地割りのありようを復元するための歴史情報としても、おろそかにはできないものといえます。
さしあたりここで検出している溝群は、真北よりやや西に振れる方位ではしっています。