発掘速報
京都大学北部構内 北白川追分町遺跡(2025年度)
2025年12月11日(木) 古代以前の遺物包含層の掘り下げを進めています
前回の写真撮影後、古代以前とみなしている遺物包含層(黒褐色土層)の掘り下げと遺構検出を北側から進めて、調査区中央付近まで及んできました(写真1)。
この黒褐色土層は、おおむね砂質の土壌で、10~15㎝ほど掘り下げると堅い粘土質の黒色土へと移行するため、その黒色土上面で遺構の検出をおこなっていますが、いまのところあらたに見つかってくる遺構はほとんどありません。 遺物も微量であり、そのなかでは古墳時代~奈良時代の土器や須恵器とともに、縄文~弥生時代とみられる土器や剥片類が目立つようになってきました。
調査区の西壁沿いで、下層確認のためにトレンチを設定して深堀りしたところ、下部の黒色土は60㎝程度の厚さがあり、弥生前期以前の遺物出土を確認しています(写真2)。
現在出土しているものは、本来はこの黒色土に包含されていたものと思われます。
なお、時代の新しいものになりますが、近世のものと判断される20㎝四方程度の方形のピットも、まだこの面で確認されます。 すでに上部で掘り下げをしたものの掘り足らなかったものか、上部では検出できず見逃されたものでしょう。
撹乱や他の遺構がないために明瞭に並びが確認できるようになっているため、あらためて記録を取り直す作業もしています。
京大構内の近世遺跡では頻出する遺構で、作物を懸架するための柵を構成する柱の跡、と想定されるものです。
今回は250㎝の間隔で東西方向の並びが確認されました(写真3)。