発掘速報
京都大学北部構内 北白川追分町遺跡(2025年度)
2025年12月01日(月) 中世砂取穴の調査と縄文早期土器の発見
中世の遺構検出と掘り下げは、調査区の南東辺にも及んできました(写真1)。
この一帯は、調査地の南側から尾根状の地形が及んでおり、表土下の浅いところで基盤を形成する白色の砂層があらわれてきます。
「白川砂」などとして知られる美しい砂で、庭園などに用いられるため中世以降さかんに採取され、その痕跡となる不定形で大きな砂取穴の遺構も周辺でこれまでたくさん確認されています。
今回の調査地では、砂取穴のひろがりは砂の採取しやすいこの南東の一角に限られているようです。
この白色砂層そのものは、縄文時代以前の洪水などで堆積したもので、流されてきたとみられる遺物が希に見つかることもあります。
今回、砂取穴の調査中に手のひら大の土器片が見つかりました(写真2)。
緩やかに湾曲する鉢の口縁部で、外面に米粒状の凹みが縦や横に列をなしている装飾がみられます。
特徴から縄文時代早期(年代測定値では11500年~7000年前ころ)の押型文土器と呼ばれるものとみられ、なかでも前半に属するものではないかとおもわれます。だとすれば、京都盆地では最古級クラスとなる大変珍しいものと言えるでしょう。
洪水層中からの採集ではありますが、土器片は摩滅しておらず、近隣にこの段階の遺跡も広がっている可能性を示しています。
調査区の大半には、これから調査の手を及ばしていく厚い黒色土層が堆積しており、その内部や下部の状況にも十分注意しながら調査を進めていきたいと考えています。