京都大学北部構内 北白川追分町遺跡(2025年度)

2025年12月04日(木) 中世遺構面の全景撮影をしました
清掃中のベルトコンベアー運搬風景(北から)
【写真1 清掃中のベルトコンベアー運搬風景(北から)】
中世遺構面の全景(南から)
【写真2 中世遺構面の全景(南から)】
古代末ころの大溝(北から)
【写真3 古代末ころの大溝(北から)】

中世層とみなしている遺物包含層の掘り下げと遺構検出を終え、昨日から全域の清掃をすすめてきましたが、本日はベルトコンベアーを片付けて、全景撮影をしました。
外部的にはあまり意識されていませんが、ベルトコンベアーは大変重量があるために、人力での運搬は全員総出で、凹凸のある遺跡面の移動は大変な労力を要します(写真1)。
調査規模が大きいほど写真撮影はタイミングと準備に配慮が必要となる一大イベントといえます。

今回見つかっている明瞭な中世の遺構としては、前回お伝えしたような砂取穴のほかには、やや東に振れる方位で、断面V字形でしっかりと掘られた南北溝があります(写真2、中央よりやや右寄りをはしるもの)。
調査区中央付近で後世の遺構により途切れてしまっているため、北へはどの程度続いていたのかわかりません。

また、この面で見つかっている古代末期の大溝(写真3、11月27日参照)とは、方位や規模が異なり、また時期差もあるようです。
ただ、いずれにしろ調査地の付近が、古代以来の長きにわたって、東西や南北の土地区画の要地にあるような状況は浮かび上がりつつあるようです。

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